SO WHATブログ

我がロイヤルウエディングは来世へ持ち越し当確。そん時はみんな参列してくれよな(👈悟空)!

ブログ歴・1ヶ月経過

公私共に単独行動がデフォルト・アラフォーDAYS(←この字面…いわゆる”意識高い系”入っちゃった、軽ーく頭不自由めな方みたいだわ…)を書き綴っている身内ブログもめでたく1ヶ月を経過致しました。

紳士・yさん…大変な激務の合間にお目通しくださっているでしょうか?わたくしってば、まだっまだ悲願達成までブースト足りてませんよね…(微笑)。引き続きチマチマとこちら積み重ねてまいりたい所存でございます※一体何の事なのか、このブログの存在を知っているような親しい周囲にいてくださる皆様にはおわかりの事と存じます!

さてブログって面白いもので、アクセス数とかアクセスされた時間帯が見られるようになっているのですね。そしてそして!何のワードに引っかかってアクセスされたかもわかる模様。

…ある日、このごくごく身内向けブログのアクセス数が”えっ?!”という数だった日がありました。何か無意識に呪いの言葉の数々でも書いちゃったかしら…とバズった(※あくまでも当社比。そもそも何らバズっちゃいねえぜ…)ワードを調べてみたら、まさかまさか!?!の”森田剛”\(^o^)/

ふぇ?!どうして新婚さんの森田剛くんがここに降臨…?うーん一体どこでその三文字を記したかなぁ…と記憶をたどりますと、先日の週末日記にまさしく三文字、ご登場なさっていたのです。ご登場までのあらすじを三行で記しますと下記の通り:

  1. 好きなDJのイベント目当てでクラブへとひとりで車で出かけた
  2. 途中レゲエナイトになってしまったので早々にちゃちゃっと帰る
  3. 車中で寝ないようV6を歌った後、森田剛の夢が見たいわぁと就寝←これか!

 lab619.hatenablog.com

 

…あらららっ?!という事は、又これで今回の分も引っかかってしまいますね。V6ならびに剛くんファンの皆様、お騒がせ致しております(誰ひとりとして騒いじゃいねーわっていう平和なお話でもあります)。

えー、常日頃さんっざん極東屈指のファンだと自称しファレル愛を語ったり、W杯の話では中澤選手ファンだったとか、やれ清潔感のない殿方はよろしくないだとか、好き勝手綴りまくってはおりますが…はるか四半世期近く前…剛くん大好きだったんすよねぇぇぇ。わーお!とうとう四半世紀近くを経て、この日がやってきた\(^o^)/!笑

当時わたしは思春期、くしくもちょうどavexの洗礼を浴びまくっていた頃でした。ある日の夜、”アレ?なぜにユーロビートミュージックステーションで流れてくるのだ?”とつけっぱなしにしていたTV画面に目をやりますと、タイトな衣装に身を包んだ若者3名・きもーち年上の3名がそこに。

そのお歌のタイトル(そしてサビで連呼されまくる)は”MADE IN JAPAN”………!!!未だかつて類を見ないおっそろしくキャッチーなタイトル、一度聴いたら忘れられないavex節(というかユーロビート原曲そのもの)のメロディーライン、おまけにラップまであり”YOYOYO!目指すは桃源郷!”とかパンチラインをカマしていらっしゃる。とどめに所属レーベルもavexから出してる本格派…ときましたら、1995年当時、センス役満級で良過ぎるだろ認定。※個人の感想です

よくよく画面を凝視してみますと、前列センターにいる男の子が三馬身ぐらいリードするかっこよさではありませんか(待たんかいこの比喩…!スポーツ新聞の競馬担当でもめったに使わないよ…)!大変!ハンパなくイケてるっこの人!と、瞬く間に目が釘付け。有り余る思春期特有のエネルギーのぶつけどころを何ら知らなかったということもありましょう。

翌朝は登校するやいなや、ふだん学校でさほど話もしなかったいわゆるジャニヲタのクラスメイトに駆け寄り『とりあえず今すぐCD貸してくんない』と彼女が持ち歩いていた(!)家宝であろうCDを借りて、ラップ箇所含めたお歌は即日マスター。

光の速さであれよあれよとドハマリ。

さんざん”服を捨てた”、”部屋をきれいに整える”なーんて真人間ブログをUPしておきながら、V6の超初期・限定CDだけは捨てるにしのびなかったことをここに告白致します。だってーだってー初期のお歌、大っ好きだったんだものー!avexもっと気合い入れて売ってくれーっ!こんな良い曲の数々をなぜシングルカットしないのだ!と、ティーンネイジャーの身ながら思っていたものです。

今でも歌詞完璧で歌える初期のお歌・多数。”GREETINGS”とか”SUPER HEROES”とかアルバム好きだったなー未だにイントロだけでかるく目頭アツくすらなります…!

何を隠そう”ミュージックステーションの1曲目はComing Century(※著者注:6名中、若者3名のユニットの事です、念のため)が出る事が多いから”という理由で習い事をアッサリ辞めたという狂気の沙汰。今思えばこれこそが若さの証とも言えましょう。

そこからは剛くんの腹筋やらダンスやら、お隣の健くん(剛健コンビで大好きでした)のセンスの良さやら愛らしさには連日連夜ただただひたすらの阿鼻叫喚。ものっすごいエネルギー、そして紙幣を放出しまくっていたはずです。

凄まじいわが熱狂っぷりは、いついかなる時でも発動されました。運動会ではここぞとばかりにかの名曲”MADE IN JAPAN”を自分の所属するチームの応援歌にし(※注:共学です…男子にとってはさぞ悪夢だったことでしょうね…)、同じチームに全校配布するプリント類も実質何ら関係のないV6の切抜きで埋め尽くす暴挙にも出ました。おまけに”この辣腕…!D通かH報堂からそのうちスカウト来ちゃうんじゃないの?”と思っていたりいなかったり。←たいがいにしろ!\(^o^)/

そのままもう少し行動範囲も進化しますと、学校帰りの定番寄り道は日焼けサロン(!!)だった時代なのですが、ある時見知らぬ女の子がロッカーから荷物を出すのを隣でふと見ますと、そこにはドッサリ剛くんの生写真(!)が見えるではありませんか。

すかさず『ねえ剛くん好きなの?アタシもちょー好きなんだけど!』『うっそいいよねーまっじかっこいいよねー』と食いつき食いつかれ、今思えば赤の他人と半裸のロッカールームで同じ対象者への愛を語り合い即座に意気投合、友達になって遊ぶ…という、今の内向的なわたしとは人間そのものが違った…としか形容しがたい社交派・最右翼。

…何かとお話は尽きませんが、そんなこんなでV6にまつわる愉快なエピソードには今でも微笑寄りの笑顔にさせられます。

一体どうしてあれほどギャーギャーしながら生活(そして脳内)の大半を占めていた、紅蓮の炎のごとき火力だったのに、今は時折お茶の間から応援する…ぐらいで鎮火できているのでしょう。わたしの場合は、やっぱり若さゆえの有り余るエネルギー×そして無限にすら感じていた時間のおかげだったと言わざるを得ないような気がしています。

…時は流れ、進学やら就職やら、人生の節目を経ていくと新しい友達に出会います。親しくなった彼ら彼女らにこの打ち明け話をすると”わかるわかる!当時は誰もが一度は通る道!”と同年代の大半が口々に言うのです。そのぐらい日本全国を彼らが席巻していたのだよ、若者よ…!

そして今、わたしが当時の自分に声をかけるならば、肩を叩いてこうささやきたいものです。

『あのねー剛くんは…いずれ宮沢りえと結婚するよ!』いやはやわからないものですね、人生って。わたしの今後にも淡ーい期待をできればなと思っております(そうですよね!yさん!←だいぶしつこい)。